
兼六園(けんろくえん)

兼六園は、金沢市にある日本庭園。国の特別名勝に指定されている。17世紀中期、加賀藩によって金沢城の外郭に造営された「大名庭園」を起源とする。岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の1つに数えられる。宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の6つの景観を兼ね備えていることから、松平定信が『洛陽名園記』を引用し、兼六園と命名した。
長らく非公開だったが、1874年(明治7年)から正式に一般公開されている。
金沢城(かなざわじょう)

金沢城は、加賀国石川郡尾山(金沢市丸の内)にある城。代々加賀藩主前田氏の居城であり、城址は国の史跡に指定されている。
この地は加賀一向一揆の拠点の寺院である「尾山御坊(おやまごぼう)」であった。寺とは名前ばかりで、大坂の石山本願寺の様に石垣を持つ要塞でもあった。織田信長が一揆をおさめ、この跡地に金沢城を築いて佐久間盛政を置いた。後に盛政が賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉によ敗れると、秀吉は前田利家に金沢城を任せた。
石川門、三十間長屋、鶴丸倉庫等が現存しており、国の重要文化財にしていされている。
