大阪の観光地

大阪城

大阪城は、大阪市中央区にあった城で、錦城(きんじょう)とも呼ばれる。天正11年(1583年)豊臣秀吉が、石山本願寺跡地に築いた豊臣大坂城の遺構はそのほとんどが埋没しており、現在見ることのできる遺構は、元和6年(1620年)徳川秀忠が築いた徳川大坂城のものである。これは、豊臣大坂城時代の石垣と堀を破却して、全体に高さ約1メートルから10メートルの盛り土をした上に、さらに高く石垣を積んだことによるものである。大阪城内には、この石垣等に使用されている巨石が築城当時のまま残っており、一番の巨石は本丸桜門枡形にある蛸石で、重さは108トンと推定されている。

江戸時代には万治3年(1660年)、寛文5年(1665年)、天明3年(1783年)と三度も落雷による被害を受けている。特に一度目の落雷では、城内青屋門近くにあった焔硝蔵(火薬庫)に雷が落ちたため、貯蔵中の火薬に引火して大爆発を起こした。板倉重矩公常行記によればその爆発はすさまじく、青屋門の扉が14km程離れた暗峠(くらがりとうげ)まで飛ばされたとの記述がある。

昭和6年(1931年)竣工の復興天守は、平成9年(1997年)、国の登録有形文化財に登録され、一帯は大阪城公園として観光客に親しまれている。

世界文化遺産

堺市、藤井寺市、羽曳野市3市の「百舌鳥古墳群・古市古墳群」は2019年に世界文化遺産に登録された。

百舌鳥古墳群

仁徳天皇陵古墳(大山古墳)、履中天皇陵古墳、反正天皇陵古墳、いたすけ古墳、ニサンザイ古墳等、47基。

古市古墳群

誉田山古墳(応神天皇陵古墳)、仲津山古墳(仲津媛皇后陵古墳)、市野山古墳(允恭天皇陵古墳)、岡ミサンザイ古墳(仲哀天皇陵古墳)、野中ボケ山古墳(仁賢天皇陵古墳)、軽里大塚古墳(日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の墓)等、123基。


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